64.気づかないふり


−仲良さげ歩く親子に投げた視線を地面に落とす。
 こんな俺の姿を見るたびに、レンは痛ましい顔をする。
 振り返らなくても、きっとそんな顔をしてるんだろう。

 母親を思い出していると、そう思っているんだろうか。顔も思い出せない、母の顔を。
 過去に戻りたいと、願っているように思っているのだろうか。

 誰も居ない暗い闇の中でいつも一人だった。
 だから俺は何も両親のことをほとんど覚えていないというのに。
 たまに戻ってくれば、見知らぬ場所へと連れて行かれたような気がする。
 小さい俺が負担だったのだろうか。
 それでも捨てられなかったのは愛されていたからだろうか。
 分からない。覚えてない。知らない。
 だから、親子とは何なのか、つい見てしまっただけなんだ。責めてる訳じゃない。
 そんな事は今更口には出せないけど。

「なあ、オレンジとリンゴどっちが好き?」
親子が居た奥、果物屋の店先を指差す。
こんなんじゃ誤魔化しようもないのだろうが。何も言わないよりはずっとマシだと判断する。
「え、あ・・」
「アンタじゃねぇよ。あの子、オデオン」
そっけなく、言い放つ。
「リンゴかな、あんまり酸っぱいものは慣れてないみたいだね」
神父の固まった表情が和らぐのを見て、こっそりと胸を撫で下ろす。
「へぇ猫みたい。クロもオレンジキライだったよな。リンゴは食ったけど」
昔教会に居ついてた猫の名前をあげる。
「じゃあリンゴ買うか。俺は桃がいー」
ぷっくりとした形のいい桃を指差す。
「・・・あのね、最初から桃が食べたいなら言えばいいでしょ」
溜息をつき、しかし諦めたように神父は店内へ足を進め、二つの桃とリンゴと杏を注文する。

店を出ると影が長くなっていた。
日は落ち始めると、すぐに世界は変わっていく。
「明日も晴れか・・・」
薄紅色の空を眺める。こんなに都会でも田舎の教会でも夕焼けは綺麗だ、そう思う。

「お待たせ」
紙袋を抱えた神父が出てくる。
桃を掠め取り、皮を剥いて頬張った。
「お行儀の悪い子だなぁ・・」
「あ、すっぺ。何だよこれ。見た目だけかよ」
「もう一個のは多分甘いから、晩御飯のあとにしようね」
子供をあやすような言い草に、舌打ちをする。
薄紅の空は、紺色に染まっていった。



 感謝してるよ。
 俺を生かしてくれてありがとう。
 やっぱり今更言わないけど。





気づかないふり。
してるのは神父の方です。魔獣番外編。
教会編が終わって(いつ?)市街地編(仮)に移ったあとの話です。頭の中ではすすめたいのに、ちっともまとまらないのが恨めしい。。。