化け狐と浮浪児のお話(仮)

←back      next→

 序 @The longest night will have an end  






ここには入っちゃいけないよ。
神様が怒るからね。
戻れなくなっちゃうよ。


そう言った爺ちゃんが死んだ。


私は一生懸命神様に祈ってたんだ。一晩中。



 たすけて、爺ちゃんをたすけて

 たすけて、つれてかないで

 たすけて、何にもいらない

 たすけて、腹なんか減ったままでいい

 たすけて、きれいな着物なんていらない

 たすけて

 たすけて

 たすけて


 私をひとりにしないで
 おねがい、おねがいします、おねがいします

土下座して、地面に頭こすり付けてひぃひぃ泣いた。
額が真っ赤になってじんじんしたけど、そんなことどうだってよかった。







そして、翌朝、冷えた骸を抱え
私はひとりぼっち。
神様なんか居ないんじゃないか。
あんなにお願いしたのに!!!
嘘吐き、嘘吐き、嘘吐き、嘘吐き


私には父ちゃんしかいなくて、
なのに
戦でおっ死んじまって
爺ちゃんはさ、よぼよぼのくせに威勢だけは妙にいいじじいで
私をやっとの思いで十と二つまで育ててくれて
ずっと、爺ちゃんはだけは死なないと思ってた。



やけくそで、入っちゃいけない森に走って
ずっと走った。
足が棒みたいになって、息がうまく出来なくて
頭が真っ白になって、そういや寝てないし、
爺ちゃんが倒れてから飯もロクに食ってないから
気持ち悪くて吐きながら走った。
口の端から胃液が零れて、ますます気持ちが悪い、死にそうだ。
ああ、このまま爺ちゃんのとこに行ければいい。
そう思いながら走った。

どがっ

何かにぶつかって、頭から火が出るような痛み。
そして転がり落ちていく感覚の中で意識を失った。



 ・
 ・
 ・
 ・
「たない」
 ・
 ・
 ・
「どうしたらこんなにばっちくなれるんだ」

こえ。
人の声がして、顔を上げる。
頭はやっぱりジンジンしていた。触るとぬるっとする。
きっと血が出てる。
そして、むわっと匂う酸性の臭いに顔を顰めた。
「くさ・・・」
「それはこっちの科白だね」
間髪入れず言い放った方に顔を向ける。

そこにあったのはボロボロの格子。
朽ち果てかけているが、一本一本に奇妙な模様が刻まれている。
よく見ればここは祠のようだった。あまり思い出せないが、岩か何かにぶつかって
こんなところに落ちてきてしまったようだ。


そして、誰かいるような・・

「うわぁっ!」
「お前を見た俺の方が悲鳴を上げたいね」


ふん、と鼻を鳴らし私を見下げたのは・・・人間じゃなかった。

「ばけもの・・」
「心外な。お前の方がよっほど人外だぞ」
辛辣に言い捨てる化け物は、言うだけあって、綺麗な身なりだった。
真っ赤な絹の着物を羽織っている。
長い髪は白くて銀色に輝いて、目は茶色と緑が混ざったような色。
そして、人の姿なのに、ふわふわの狐の耳がついてた。

−ん?人外って私か??
きょろきょろと周りを見渡す私に、狐の化け物は溜息をついた。

「ほら」
格子の中から白いものを投げつけられ、視界が遮られる。
「わわわっ」
「ただの手ぬぐいだ。早く顔を拭け小僧」

確かに手ぬぐいだった。それも私が着ている着物よりずっと綺麗な手ぬぐい。
言われるままに顔を拭く。吐しゃ物と泥とがひっついていたようで
手ぬぐいは真っ黒になった。
「・・ありがとう」
「どうしたしまして、ああ返さなくていいぞ」
真っ黒になった手ぬぐいが気恥ずかしくなった。
こんなにに汚れていたのか、私は。
あれ?汚れているのはいるものことだ。
「ん?なんだ、お前娘か」
「わっ、悪いかっ」
くっと化け物は笑った。
「・・・おいおい、娘が顔に傷なんぞ作るな親が泣くぞ」
そう笑った化け物が黙り込む。
どうしたんだろう?
私はもっと、この化け物と喋ってみたいのに。

駄目だ。口が動かない。


私は声も出せずにただ、泣いていたことに気づいた。


ぼたぼたと、折角拭いた顔が、また濡れた。
足元の真っ黒の手ぬぐいにがさらに沁みだらけになるのが
ちょっとだけ、見えた。

でも、もう歪んでなんだかよくわからない。





←back      next→