化け狐と浮浪児のお話(仮)

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   Ga blessing in disguise



小さな頃
 

 ずっとずっと昔父ちゃんが言ってた。

 「お前の母ちゃんは別嬪だったんだぜぇ」
 って。
 私は今もあの時も小汚い子供で、
 それでも大きな手は私をよく撫でてくれていた。大事そうに。
 母ちゃんには会ったことないし
 生きてるのか死んでるのかさえ知らないけど
 素敵な人だったんだろう。
 遊郭では地味だったがえらく別嬪だったと酒を飲むたびに
 嬉しそうに語る姿を覚えている。それを見るのがとてもとても 嬉しかった。

 でも、知ってるんだ。
 私は父ちゃんの子なのかよく分からない。
 がっしりした父ちゃんと違って私はひょろひょろだし
 似てる部分がひとつだってない。
 近所の奴らがひそひそと叩く噂話は、わざとらしいくらい
 私の耳によく入る。

 捨てられないように、それだけを願って、父ちゃんの為に何出来るか
 小さい頭で考えてた。
 でも、ちっちゃいから何にもできなくて
 貧乏なままで
 そしてら、父ちゃんが
 「がっぽり稼いでくるからな」
 といって戦にいって、ぽっくり逝っちまった。


何だよ!馬鹿じゃねえの。貧乏だっていいよ。
どうしてがっぽりがぽっくりになるんだよ。

意味が分からない。

だから、次は爺ちゃんの為になりたかったのに
し損ねた。また失敗だ。

そんで、今も化け物の役に立たなかった。
やっぱり駄目だなあ、私。
このままここで死ぬのかな。
そういえば、私祠の中まで帰って来ちゃった。

このまま死んだら、腐っちゃう。

化け物は格子から出られないのに、私は隣で腐っていくのか。
捨てられないし、片付けられないし、逃げられないし。
うわぁすっげえ迷惑だ、それ。めちゃめちゃ最悪。

どーしよ。
それだけは駄目。絶対駄目。

今からでも、動けないか。
外に、せめて化け物には見えない所にいかなくちゃ。
どっか動かないか、動かなくても動け。
手、・・無理か、指まず指動け。


ぴく・・

動くかも。
足も動きそうだ。這い蹲ってでも
まだ、ちょっとでも生きてるうちに
ずきっ!!!!!
「ーーーーーーーーーーーーーーっ」

頭の中がチカチカする。
歯がうまく噛み合わなくて声も出ない。
飛びそうな意識の中をしっかり持たなきゃ、強く思う。
腕を伸ばして、体を前に。
ずるり

ずきずきずきっ
「うああああああああああああああああああああああっ」

「おいっ!!何やってんだ。ちづっ、馬鹿動くなっ」
声、近くに居るんだ。ああ、良かった。
でも、駄目だよ。

私腐っちゃうから。
すぐ悪臭を放つようになるから。

腕をまた伸ばす。
「ちょっ、何処行くつもりだ!?」
そんなの・・・決まってるよ。
「見えないとこまで、ちゃんと 行くか ら」
「は?ちょっと待てって。何考えてるかわかんねえけど、
 手当てしてあるから大人しくしてろって!!」

手当て?

恐る恐る矢が刺さっていた場所に触れる。
ずきんっ!!
「うぐっ」
「ああ、触るな。化膿しかけていたから、抉ったって言ってたぞ」

間違いない。
矢は無くなっていた。
替わりに包帯がぐるぐるの巻いてある。

「いい加減にしろ、怪我してるんだぞ」
怪我してるって、そんなの知ってるよ。
「やなぎ・・・私、死なないのか?」
「大丈夫だ。管狐に見てもらった。
 藪医者に看せるより、信用できるぞ」
くだ?お医者・・?
「お医者なんて金・・ごめん」
どうしよう。
大金だったら、返すのにすごく時間かかるかも。
「・・・千寿、金なんか掛かってない。気にすんな。もういいから寝ろ、な」
格子にもたれ掛かり項垂れるように呟く。

!!!!!

「封印っ」
血の気がさあっと引いた。どうしよう。
かなり眠ってた気がする。けど、よく分からない。

「千寿!!動くなっ!!」
伸ばしかけた手を空中で止める。
ったく・・・と続き溜息が聞こえた。
「あのな、お前が帰ってきてから3日経ってる。そんな事は気にすんな」







がつんと、鈍器でぶたれたような気がした。

「えっ、ちょ・・」
格子の中の目が真ん丸くなってる。
「おい、泣くなって、何でお前が泣くんだよ??」
え?
「−あれ?」
気がつくと顔がびちょびちょになってる。
駄目だ、何で、結局いつも役に立たないの。

「うううううううう〜」

そしてみっともないくらい大声を出して、泣いた。

ああ、涙が止まらない。
死ぬ思いで帰ってきたのに、何で。何で。何で。
「ごめんなさいぃ〜」
大声でひとしきり泣いて

「・・・だから、別に約束してないし」


そんな呟きが聞こえた。


ずずっ
たっぷり半刻は泣いて
鼻を啜る。
格子に掴みながら、やなぎが口を開いた。
「さっき何で俺の見えないところに行こうとしたんだよ?」
「だって」
口ごもる。しゃっくりとか出てきて、うまく言葉がでない。
「だって?」
もう一度鼻を啜ってから、答える。
「ずっ、・・きらいだろ?べたべたとか、どろっとしたのとか
 くっさいのとか・・」
粘着質な纏わりつくもの。
そういうものが。
こんな祠の中にいるのに汚れ一つ無い手ぬぐいを持って
整った格好をして、とても美しく魚を食べる。
そんな化け物なのだ。やなぎは。
綺麗好きじゃないわけがない。
「・・・よく分かるな」
そんなの見てればすぐ分かるのに、驚いた口ぶりだった。
「でも、それが何の関係があるんだ?」
眉間に皺がよる。

「死んだら腐るから」
気持ち悪いだろ。綺麗好きなのに。

「はあ?」
当然の事を言ったまでなのに。
驚いた、というよりは・・・・・怒ってる。
「お前、馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、すげえ馬鹿」
下を向いてぶつぶつ呟いているが、怖くてよく見ることが出来ない。
「なんで・・うん、ばかだけど」
凶悪な舌打ちが響く。
「違うだろ、普通てめえが死にそうな時に自分が腐った後のことまで考えてるか?」
目が明らかに怒りを携えていた。
「でも、たださえ役に立たないのに、・・これ以上迷惑かけるのは」
思いつくのはやはり役に立たない言い訳ばかりで。
どうしようもない。

「・・・・別に、迷惑じゃない」
苦虫を噛み潰したような声で、そんな嘘はつかなくてもいいのに。
これはきっと慰めだろう。
首を横に振る。いいんだ、分かってる。
「馬鹿、大して変わらねえんだよ。
お前も俺も。どうせ一人だし、他には誰も居やしない。違うか?」
首を横に振る。
違わない。けれど、違う気もする。
振動で傷口がぴりっと引きつった、けれど平気だった。
体より胸が痛い。
「だから、俺はお前が迷惑じゃない。まあ、外に出るとか
そんなに乗り気になれないのには、つまらん事情があってな」
押しつぶされそうな胸を押さえるのに必死で、何を言ってるのか
よく分からないけど。
「まあ、何だ。別に一回失敗したからってもう開かない訳でもないし」
格子を指で弾く。
「いつか出てもいいって思う日がくるかもしれないから、気が向くようなら開けてくれ」


どくん。


また胸が潰れそうになった。
開けてくれ
確かにそう言った。
好きにしろ、とかじゃなくて、開けてくれって。

また、涙が出てきて、前が見えなくなる。
でも、このまま目を瞑っても大丈夫。

祠に静かに光が差す。
夜が明け、太陽が昇り、沈み、また夜が明けても。

私はここに居てもいいのだから。

いつか、この封印を解いて、都に出かけるその日まで。






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ありがとうございました。
これにて、第一部?終了です。
化け物がまだ出たくないそうで、もうちょっと続くことになります。
この作品はthe factlyさまのお題目小説として投稿させていただきました。


英語のタイトルの日本語は以下のような感じ(曖昧)で。

Live and let live   生きろ、生かせ
The longest night will have an end  明けない夜は無い
Necessity has no law  必要の前に法なし
Misery loves company  同病相哀れむ
a blessing in disguise  けがの功名