第一話
勇敢であり、勇猛であり、無謀。
それが、彼女に与えられる最も多い賞賛であり、彼女そのものを示す言葉だった。
人ならぬ、怪物、鬼などと呼ばれる魔物とて仲間の位置付けなんてものはあるのだ。
躊躇することなく敵陣に突っ込み、多大な戦果をあげる。人は彼女を恐れた。
魔物の聖域。ラルカザール
彼女-オデオンは、いつものように侵入してくるハンターや、勇者と名乗るものを駆逐していた。
彼女の足は馬より速く駆け、カモシカより高く飛ぶ。
人間の身体能力をあきらかに凌駕したその力で一蹴する。
とはいえ、今日のハンターはひときわ多い。
「これが、あの赤い悪魔か」
「くそ、速い」
喧騒に構わず彼女はひた走る。牙を立て、ひとり、またひとりと狩って行く。
返り血を浴びる。
支障はない。・・・が手がべたついて滑ることには苛立ちを隠せない。
気がつかないうちにオデオンはハンターの群れのド真ん中に突っ込んでいる。
「ガ、グガ」
仲間が警戒音を発した。
しかし、もう彼女にその声は届かない。すでに、5人のハンターを倒していた彼女は、
流石に肩で息をしている。
次、また、次、戦いつづけた。疲労の色が濃くなっていく。
ふっと隙ができた。
その時彼女はハンターの投げた分銅付きの鎖に足を取られ、捕らえられた。
捕獲されてしまったのだ。
頭部を強く打ち付けた衝撃で意識が遠のく。
死を感じた。
構わない。そう思う。戦士が戦場で死ぬ、なんの不自然もないのだ。
そう、それならば良かった。
運命とは酷であるとその時までオデオンは知る由もなく・・・
「ぐぅう、がっ」
見た目は元気な中学生といったところであろうか、血塗れであることを除けば。とにかく、それは人型である。
じたばたと、捕縛されているのにも関わらず、先ほどから動きが絶えない。かなり尖った八重歯
のような牙を剥き出しにして懸命に威嚇してくる。良く見れば耳は尖っているし、体には妙な模様と、原始的な服。
「ふむ」
長い金髪のみるからに柔和そうな男はそれをみてつぶやいた。それに呼応するように周りを囲んでいた
村民とおぼしき人間が一気にまくしたてる。
「神父様!この悪魔を早く消してくれ」
「そうだ」
「殺せ」
全く動じず神父様と呼ばれた男はその美しい顔でにっこり微笑んで答えた。
「では、私がこの悪魔を払います。しかし」
少し考え込む仕草ををした後で
「皆様に厄が降りかかってはいけませんので、私が教会で始末しましょう」
おお、さすがだ、神父様、といったような羨望の目が彼に向けられる。
いつものように彼は笑顔だけでそれに答えた。
そして、場所は清閑な教会へと移る。
田舎というのは閉鎖的で特に突発的な不測の事態での後始末を極端に嫌がる。怪物を運び終わると、
本当に厄災が降りかかると思ったのかそそくさと誰もいなくなった。
そこには、神父と中学生な怪物一匹。流石に死を覚悟したのか大人しくなっている。
静寂は続く。神父は何をするでもなく、あれこれと考えているようだ。ふいに怪物が言葉を発した。
「・・・コロセ」
「おっ、喋れるのか。高等な魔物じゃないか」
打って変わって気楽な調子で切り返す神父。
「殺すたってなあ…。勿体無い。んー、それに良く見ると可愛いねー」
きっぱりと言った科白に安心感と不安感を同時に浮かべる怪物。
それを楽しそうに眺めながら、先ほどと村民に向けたのとは完全に質の異なる笑顔で
「ねぇ、私と取引しないかい?」
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