化け狐と浮浪児のお話(仮)

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強請るように約束を一方的に取り付けた。
ちなみに化け物は承諾していない。
でも、私は無理にでも続けている。
何でもいい、ここに居る理由、生きている理由が欲しかったから。

手ぬぐいをするりと外す。
ちょっと汚れた指先に一本の線が入っている。
その赤い線を爪でひっかくとかさぶたはあっさり剥がれ、ぷくりと小さな赤玉が出来る。

ぽたっ

格子に落とすと、鈍く光って、光はすぐ消える。

「・・・あぶなかった」
格子の中では、くっくと笑う声がする。
むっとしたが、怒る資格がないことを思い出す。
(別に頼まれてはいないし・・)
「気を悪くするな、はっさく食うか?」
・・・・。
「食う」
閉じ込められてるはずの化け物は、どこかしこから食べ物を持ってくる。
どうやってるのか?と聞いたら、すげえだろ、とはぐらかされた。
烏が風呂敷を咥えて持ってくるのを見たことがあるが
それ以外にもなんだか色々できるようで、木の実や魚やら
たくさん出てくるのだ。

なので、自分で食べるだけじゃなく道端で
売って私は小銭を稼ぐ。
おかげで私はボロボロの汚い布きれのような着物じゃなく
普通の木綿の小袖を着て過ごしてる。
しかも、替えの着物がもう一枚あったりするんだ。
ちょっと、いや、だいぶ、幸せだ。

だから、やっぱり何がなんでも化け物を外に出したい。
「なあなあ、外に出れたら遠くに行こう」
格子をぐっと引っ張って言う。
「えー?面倒臭いんですけど」
化け物は決して格子に近づかない。
ちょっと離れたところにずっと腰掛けている。
「いいじゃん。百年ここに居るんじゃつまんなくない?」
「あー、別に」
化け物は非常に覇気もやる気も無く、
爺ちゃんとは全然違って戸惑うことが多い。
なんでだろ。
「・・・」
「わーったよ。何処行きたいんだよ?」
あ、えっ
ちょっとびっくりした。怒ってるんじゃなかったけど。
「えっ、あ、あのな、えーっと、え、あ、山の向こう、じゃなくて」
急に言うからうまく答えられない、んじゃないか・・
「他の場所なんて知らないんだ」
恥ずかしい。
くくっと笑う声がする。
何処か行きたいだなんて、何処もしらないくせにって思われたかな。

「じゃあ、都を見せてやるよ。春は桜で埋め尽くされるような山や、
 綺麗な着物、行き交う牛車、どうだ?」
夢のようだ。
そんなものは私の世界に無い。
「本当にお前は世界を知らないのな」
優しい声だ。嬉しい。
ああ、眩暈がする。
未だ見ぬ都に思いを馳せ、くらくらする。
足元がふわふわして、はっさくを踏み潰しそうになる。
手に取り、爪を刺すと甘酸っぱい匂いが広がる。
ふと、格子の中を見ると楽しそうにこっちを眺めている。
不満など何も無い、そんな風体で。

百年も閉じ込められているのに、何故化け物は何も求めないんだろう。

はっさくは甘いけど、ちょっとほろ苦い。



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