化け狐と浮浪児のお話(仮)

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   D続・Misery loves company



山は冬の気配が分かりやすい。

ちょっと空気が乾いて、こんがりしたような匂いがする。

ぺき

歩くと、色褪せた落ち葉に混ざる小枝が砕ける音がした。
初めて買った草鞋は足イマイチまだ足には馴染まない。
でも、もう小石や小枝が刺さって皮が剥けたり、切れたりすることが無くなった。足の裏の怪我は歩くたびに小さくずきずきと疼いて、じわじわと効く毒のようで気分が悪い・
それを思うと喜びで足取りは軽い。
ぺき、ぺき
音頭でも取ってるように調子よく音がなる。

「♪」
歌なんて、知らないけど。
歌いたい気分で、でも私は歌を知らなくて。
しょうがない。威勢だけのよぼよぼの爺ちゃんは剛毅な人で歌なんて、とても無理だ。
父ちゃんも爺ちゃんそっくりで、しかもガラガラ声だったから似合わない。
とはいえ歌いたい気分なのに、と思う。
もどかしい。
(あいつは知ってるかな)
歌うところなんて想像できないけどなー。
と胸中で付け加え、こっそり笑う。
でも、ガラガラじゃなくて、結構低いけどよく通る声をしているから
そんなに悪くはないのかもしれない。
見た目も禿の爺ちゃんやいかつい父ちゃんとくらべると、すらっとしてて
「化け物・・」
そう、化け物、なんて呼ぶのは似つかわしくない。
でも、私はあいつの名前を知らないから化け物としか呼べないんだ。

化け物は自分のことを話さない。遠い昔の、百年前の事は特に
何も話さない。話すと言えば、魚の燻製の作り方とか、山芋の見つけ方とか
そんなことばっかり。
昨日も干し柿の作り方の話をしていたな、と思い出す。


背中のカゴに入れた岩魚。
売れたらそのお金で包丁を買うのだ。
干し柿を作るには皮を剥かなきゃいけないのだそうだ。
「ちょうどいい。包丁買え。これで食生活がもちっと文化的になる」
と言っていたのだ。人間じゃないはずの化け物の方がよっぽど
人間じみていたりする。

後は・・・昨日話したことを思い出す。

「棕櫚の木って見たことあるか?」
「しゅろ?」
「あのな、扇葉っぱが刀みたいに長く尖っていて扇みたいに広がってる」
「ふぅん」
「その葉っぱとって来い」

うん、扇みたいなやつも探すんだ。
鬱蒼とした森を見上げると、それっぽい木は見当たらなかったが、
帰るまでに見つけられるだろう。

森を抜け、市が開かれる丘へと進む。
あと一刻くらい歩けば着くかな。
出来れば昼前に着いてしまわないと、魚がよく売れない。

足取りに力を込めて、駆け出した。


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