化け狐と浮浪児のお話(仮)

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   E 続・Misery loves company




魚が売れた。籠はからっぽ。
手の中には銅銭がちゃりちゃりしてる。

「へへ、なー切れ味がいいのはどれ?」
市が立っているだけあって、そこそこ賑わいがあったのが幸いした。
都合のいいことに包丁を並べる商人もみつけることが出来た。
勝手に引きあがる口元を押さえながら刃物を磨くおっさんに声を掛ける。
「おお、嬢ちゃんお使いか?偉いな」
褒められた。今日はいい日だ。
包丁買って、早く帰ろう。あ、棕櫚の木も見つけて。
最初に包丁売りのおっさんが出してくれたものは、私の手持ちじゃ買えなかったので
おっさんは小ぶりの包丁を出してくれた。
「ちっちぇけどな、切れ味はいいぞ。嬢ちゃんの手にはぴったりだ」
きらきらと光る刃は、化け物の髪と同じ色をしている。
「うわぁ、きれーだなあ」
「だろう?」
おっさんは目を細めて頷いた。私もそれに頷き返し手持ちの銅銭を渡す。

ん?

「あれ、何か音がする」

「どんなだい?」
刃物を包みながら、尋ねられる。
「なんだろう、動物が走ってるような感じ」
言うと、おっちゃんは酷く険しい顔をした。
少し考え込んでから
「・・・そうか、雲行きが怪しいって噂があったし、まずいな」
「?天気いーよ」
そう言うとおっちゃんは少し眉を顰めてから、笑顔になって
風呂敷に包まれた包丁を渡す。
「・・・おじょーちゃん。今日は早めにお家にもどんな」
「?」
「早いに越したこたぁねぇ」

そう言うと、おっちゃんは商売をさっさと畳んた。それは凄い早さだった。



とりあえず、用事も済んだので私も帰ればいいか。
適当に納得して、森へと引き返す道に向かった。何となく、おっちゃんの言うとおりにした方がいい気がする。
秋は空が高くて、太陽が眩しい。
そして、乾いた風が吹いていた。
遠くの音は風の音で邪魔されて聞こえにくい。

耳を澄ます。
・・・やっぱり、蹄の音がする。
きっとおっちゃんはこれがいやで逃げたのだろう。
でも、森への道は蹄の音がする方角だ。困った。
遠回りすべきかな?
早く帰ったほうがいいのかな?

だんだん、近付いてくる。

あ、やば。

なんか、やばい気がする。だって、煙が見える。
風に乗ってくる臭いに本能で焦りを覚える。
火と血の臭い。
走り出す。もつれてうまく走れない。

ドドドドドド・・・

近付いてくる・・・。
ぎゅっと目を瞑る。きな臭い。焦げる、焼ける臭い。
周囲はあっというまに火の海だった。
「ひ」

「どうしよ・・」
とりあえず、近くの茂みに身を隠す。
火がうつってきませんように。
かみさま・・
かみさまなんていないのに。
どうしよう、どうしよう

思い 浮かぶのは  かみさま?  爺ちゃん?

じゃなくて 

格子の中の化け物

「・・・たすけて」

馬の息、人の声、血の臭い。どんどんどんどん音が近づく。
茂みのすぐ向こうに人が居る。

名を呼びたいのに

「・・・」

名前を知らない。
じゃあ、私は誰を呼べばいいのか。
足音が横切っていく。息を潜めなきゃ。
どくどくどくどくどく・・
血の音がやけに大きい。喉が、息が、出来ない。
手が震え・・

かさっ

!!!
まずい。


ひゅっ
風を切る音がして、星が飛ぶのを見た気がした。
激しい衝撃、雷に打たれた。
「ああああああああああああっ!!」
頭が真っ白になる。
いや、真っ赤かも。一面の鮮烈な赤。

茂みをがさりと分ける音がする。
「なんだ、ガキじゃねえか」
舌打ちが聞こえる。
走り去る、音、音。
馬の蹄から巻き起こる煙を眺めていた。


恐る恐る見ると私の脇腹に一本の矢が生えていた。
「・・う、あ・・」
何だ、これは。何でこうなる。あの包丁売りは逃げられたんだろうか。




ばけもの、ばけもの、たすけて

ばけもの、名前が分からないよ


涙が零れる。血も零れる。
どうして、私は何も出来ない?




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